わたしを離さないで

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はじめてのカズオ・イシグロ作品。出だしは12年勤め上げたという介護人のその短いようで長い体験談、一筋縄ではいかなった患者とのやりとりや一般にキツいといわれる介護職ならではの苦労体験を来し方振り返ってすすんでいくのかなと思いきや、いや実際その部分もあるにはあるのだが(それに本の後ろの見開きの著者紹介に昔ソーシャルワーカーとして働いていたという経歴もまた効果的なフリとなって)そのつもりで読み進めていたら、ある時から急に、この丁寧な口調で伝える相手のことをよく考えた抑制の効いた文章の中に、時おりサブリミナルの映像が紛れ込んでいるかのような、違和感を持つ単語がチラホラと混ざり始める。読みながら自分が何か重要な一文を読み落としたかのような、そんな不安な気持ちにさせられるのだが、判然としないままでもおそらくそうだろうと読み進めていく。気がつくともうすでに物語の世界にどっぷり引き込まれていた。そして最期の最期で、明らかになるどうしようもない悲しみに、だが世間には絶対存在する種類の悲しみに読者を対峙させる。加害者ではないが相済まない気持ちにさせられる(偽善かも知れないが)無力感。希望を見出せない、掛ける言葉も見つからない悲しみがある。普段意識しないだけでこういう気持ちで過ごしている人も世の中にいるということだ。正しいかどうかは別としてそれに比べて自分は何て恵まれて生きてるんだろういうことを忘れてはならない。作者は決してそんなつもりでこの小説を書いたのではないかも知れないが。なんていうかなんて思えばいいかも分からない。